大判例

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盛岡地方裁判所 昭和24年(タ)2号 判決

原告 金敬

被告 金ヤエ

一、主  文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の長男一信の親権者を被告と定める。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文第一、第三項同旨の判決並原被告間の長男一信の親権者は被告とするとの判決を求めると申立て、

その請求の原因として、原告は昭和二十一年五月十九日訴外金一二の媒酌の下に、訴外金伊助の長女である被告と婚姻の式を挙げ、事実上の婚姻を爲したものであるが、被告はその父母と共に夙に本籍地(興田村字大門)を離れ、岩手縣東磐井郡摺沢町に居住し同町小学校に教員として勤務していた関係上右挙式当時原告は被告に対し結婚の條件として、

(一)  被告は速に小学校教員の辞職手続をとり、離職次第原告と興田村の住家において同居すること。

(二)  被告は実際離職する迄は日曜毎に原告を訪うこと。

を申入れ、被告においてこれを承諾したので結婚をしたものである。而して被告の父伊助より本籍地所在の田畑を耕作すべきことの申入があつたので、原告は單身にて本籍地の住居に居住し、自炊生活を営みながら、被告の父より月々僅か百円位の小遺銭の支給を受けるのみで独力を以て鋭意田約一反歩、畑約三反歩を耕作し、営々として農耕に精根を傾倒して來たのである。然るに被告はその後一年以上を経過しても前記條件を履行せずに居るところから、同人に対し再三前記約旨にしたがい学校を辞職することを請求したのであるが、被告はその都度父母の不許可を理由として應じなかつた。又被告は原告方を日曜毎に訪う約旨にも反し、原告方に來訪するのは僅々一カ月平均二回位のみであつたのである。然り而して元來この結婚は被告の父伊助及母トミが本籍地(興田村)の伊助所有の田畑が不在地主の農地として買收されることを免れるため原告をして奴隷的作男として右土地の耕作に酷使せんとする意図に出たものであり、被告においても亦両親の前述の如き意図を察知して居たのである。被告には眼中父母のみあつて原告なく、父母には唯命之從うのみの態度であつた。斯くして原告は同居の実なき夫婦関係の有名無実なるを感ずると共に煩悶懊悩を続けて居る間に、被告において姙娠し、昭和二十二年六月十二日一子一信が出生するに至つたがその際始めて被告は父母の意思に從い、同月十九日婚姻届出を了することが出來たのである。然るところ、

(一)  同年六月下旬頃原告が実兄と共に伊助方を訪問した際、性格異常者である右伊助からお前が子供を拵えるのは五年許り早かつたと放言され、

(二)  その後約一週間後、原告が長男一信の出生祝に伊助方に招かれた際、被告の母トミよりお前はうちの娘を傷物にした。子供を拵えるには十年も早かつた。子供さえ生れなければ籍など入れないでもよかつたと放言され、

重大な侮辱を加えられた、而も右(二)の場合同席には被告も居合せて居り、該事実を見聞しながら平然として一言も発しなかつたのである。原告は性格異常者である被告の父母によつて作られた原被告間の生活環境及び被告の原告に対する冷淡さが今後と雖も是正されないことは必至であると思料され、且亦興田村の住居に独居独耕するに堪えられなくなつたところから被告に対し離婚の申入を爲し、爾來生家に身を寄せ今日に至つている。而して又その後も原告の予想通り生活環境並被告の原告に対する態度は毫も是正されることなく今日に及んでいるのであり、互に同居し協力し扶助することを眞随とする夫婦関係を継続することは殆ど不可能の状態に置かれて居る。被告が離婚に應じないのはその父母が憲法第二十四條の精神を無視し、原告を束縛して原被告間の婚姻関係を阻害してまで財産保全の策謀を達成せんとする非爲に協力するものに外ならないのであつて、本件は正に民法第七百七十條第五号所定の事由ある場合に該当するものであるから本訴に及んだ旨陳述し、

尚原告は昭和二十三年四月二十二日一関家事審判所に離婚の調停申立をしたのであるが、同年九月十六日右は不調に終つた旨附陳し、

更に原被告間の長男一信の親権者を被告と定める旨の判決を求める理由として、右一信は前述の如く昭和二十二年六月十二日出生した者であるが、出生当時より原告と別居し母親の膝下にあり、その手一つで養育されて來たのであり、現在も尚被告の監護を必要とするからであると陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因たる事実のうち、原被告が原告主張の日時挙式し事実上の婚姻を爲したこと、被告がその両親と摺沢町の家屋に居住すること並被告が同地の小学校に勤務していることは認めるが、原告主張の如き結婚の條件の申入があつたことは否認する。被告の父が農耕の指図をしたことは爭わないが一カ月百円の小遺を與えたことは認めない。原告から教員辞職の申入のあつたことは認めるが、收入の少ない被告家の経済上当分辞職は困難であると述べて断つた。興田村に通つたのは月四、五回即ち毎週一日平均は必ず実行し、又学校の休暇中は必ず同棲した。被告の両親が興田村所在の農地確保のため原告を利用したとの点は否認する。訴外一信が原告主張日時出生したこと並に同主張の日時婚姻届の爲されたことはこれを認める。然し原告主張の日時原告を侮辱した事実は否認する。又原告主張の日時同人より離婚の申入ありこれを拒絶したことは認めるが、その拒絶の理由は、当時原告は二日か三日に一日位興田村に居住するのみで、他の日は大部分実家に居住し且又他の女と交際して居り、女宛の手紙を差出す等その態度に疑惑が持たれたからである。又被告は離婚拒絶後は屡々原告の実家を訪ね、同人に面会したが原告は面会を避けていたと述べ、

尚原告は事実上の婚姻後一ケ月位にして、被告の父に対し暇を貰い度いと云う趣旨の手紙を出して所持品を携えて実家に帰り、八月上旬又興田の家へ戻つて來たのである。その間麦の收獲は被告及同人の父が行つたのであるし、又被告の出産中は原告は殆ど実家に戻つている状態であつた爲、興田村に單身居住するを欲しないなら摺沢の家に居住するよう勧めたに拘らず、原告はこれを承諾しないのであり、且調停事件(該調停は不調に終つたことは認める)においても婚姻継続の條件として多額の金員と土地との分與を要求した事実があり、その意図奈辺にあるや疑わしめるものがある旨附陳した。<立証省略>

三、理  由

原告がその主張の日時当時小学校の教員であつた被告と結婚の式を挙げ事実上の婚姻を爲したこと並原告主張の日時原被告間に長男一信が出生したこと、及原告主張の日時婚姻の届出が爲され、原被告が現在婚姻継続中であることは爭がない。而して証人金一二、同金武等の各証言によれば、原被告は訴外金一二の媒酌により婚姻したものであり、その挙式の当時原告よりは被告が昭和二十二年四月に教員を辞職し、興田村字大門で原告と同居すること又被告及その父伊助よりは、原告は結婚後同居迄は興田村字大門において独力で田畑を耕作すると云う提案が爲されたこと並その後被告は小学校教員を辞職することなく、昭和二十二年四月を経過したことが認められる。

しかし結婚に際して條件を附し、右條件が履行されない場合は離婚を請求し得ると云うが如き契約をなし得ないことは明かであり、斯様な條件の存在はこれを相手方が履行しないときはそれが婚姻を継続し難い重大な事由にあてはまるかどうかを判断するに付て斟酌せらるべき事柄となるべきものと解する。

よつて按ずるに夫婦は同居し、協力し相互に扶助すべき権利と義務とを有するのであつて他に相当な理由のない限り当事者の一方的な理由による同居生活を拒絶するが如きことは許されないのである。本件の場合その同居生活が維持出來ない理由が原被告いずれの側に存するかと言うに、被告家の経済的事情以外には別段理由がないのである。よつて被告側の経済的な事情が果して被告の俸給生活を眞に必要欠くべからざるものとするか否かを檢討する必要があるので、此の点につき審按するに証人金伊助の証言、被告本人の供述等を綜合するに、被告家の所有田畑はその地方民の耕作面積に比し必ずしも少いものではなく、被告の俸給に依存せねばならぬ様な事情は認め難いのである。而して通常の場合同居生活を爲し得ない苦痛は女性よりも男性の場合が大であると謂わねばならないのであつて、本件の場合の如き事由から一年以上に亘り妻と一週一回の夫婦生活を許容されるのみの生活を継続すべきことを要求されるが如き事態は通常男性として堪え難いところであり、かゝる事由自体既に婚姻を継続し難い重大な事由に該当するものと言い得るであらう。尤も成立に爭のない乙第一号証によれば、原告は事実上の婚姻後一月位にして既に夫婦生活を解消せんとの意図を包藏していたかの如き印象を受けるが、然し右書簡を精読し又被告本人の結婚当初自分の幼稚さから性的交渉を一週間位拒絶したとの供述と彼此考覈するに、原告が結婚生活に対し抱いた疑念は通常生じ得べき底のものであり、かゝる疑惑を打明けられた際には上長の者に於ては正に年少の原被告を懇切に指導すべきであつたのである。かゝる意味合よりして乙第一号証ノ一、二の存在によつては夫婦生活に破綻を生ぜしめた主因が原告の行動にあつたとは解し難い。次に成立に爭ない乙第二号証ノ一、二についても右の手紙は夫婦生活が既に破綻を生じた後に認められたものであり、且被告本人の供述によれば原被告は出産後性的関係を結んだ事実がない事が明かであり、原告のみを責め得ないものと考える。然り而して証人金一二、同金伊七郎、同金武等の各証言によれば被告の両親においては原告を將來家を継がしむるために同人を婿として迎えたのであるが、その意図するところは專ら被告家の維持にあつて原被告の幸福は第一義的なものでなかつたことが窺われるのである。即ち前記証人等の証言によれば被告家においては事実上婿として迎えた原告の爲に共同生活を営ましめるべき努力考慮を新婚当初より拂つた事実が認められないし、又長男一信の出生後まで入籍を実現せず、相当期間本籍地所在の耕地の営農を原告一人に負わしめ、且右一信の出生に際しては子供を拵えるのは早かつた云々の言辞をも弄した事実さえこれなしとしないのである。右の如く原告の單身居住する字大門には妻である被告が継続して同居することを肯ぜず、又妻の実家においては專ら家の維持に汲々として夫婦の共同生活、共同関係を無視して憚らないような事態は明かに民法第七百七十條第五号に所謂婚姻を継続し難き重大なる事由ある場合に該当するものと解すべきである。尤も証人金伊助の証言によれば、被告の父が原告に対し若し興田村字大門に單独で居住することを欲しないならば摺沢町の住居に住むことを勧告したことを認め得る。けれども同所には被告の両親等が同居し居り、若し原告が摺沢町に轉住せんか、その代りとして被告の父伊助が字大門の農地を耕作すると云うのであり、而も右伊助はその妻子と別居して單身右大門の住家に居住し農耕に從事すると云うのであるから、原告の立場(甲第一号証によれば原告は被告の姓を名乘つて居り、その実際は婿養子の如きものであつたことが窺知される)として右の如き伊助の提案に同意するが如きは到底爲し得ないところである。要之々等の提案は言うべくして行われ得ないのであり、斯かる提案があつたからと言つて被告が原告と同居しないことを正当ずける訳には行かない。而も証人金一二、同金伊七郎、同金武等の各証言並原告本人の供述によれば、被告の母においては原告に対し、一信の出生当時自分の娘を傷物にした云々の言を吐いているのであり、同居に堪えざる事態に立入るべきは看易い事実だつたのである。当裁判所は被告の父により爲された前述の如き提案の存在によつても心証を左右にし得ないのである。

以上の理由により原告の請求を認容すべく、また長男一信の親権者は諸般の事情を勘案するに、被告に定めることを相当と認めるので同人を親権者と定むべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 松本晃平)

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